子どもの障害を認めること
障害をもつ子の父親としてのスタートは、我が子の障害を認めることがすべてだと考えています。意地を張ったり、無関心を装ったりして目を背けても何も変わりません。子どもに障害があることはもちろん、障害を持つ子の親であることは恥ずかしいことではありません。また、障害を認めることは、悲観したり、諦めたりすることでもありません。我が子のありのままが自分の腹にストンと落ちたとき、目の前がパッと開くはずです。受容なんてしなくてもいいんです。まして、障害を美しい話に置き換えて受け入れたフリをする必要なんてありません。ただ、我が子に障害があることから目を背けないこと。それが子どもの障害を認めるということであり、ありのままの子どもを認めて愛することができる第一歩になると思います。
母親の気持ちに共感すること
一般的に、父親より母親が子どもと多くの時間を過ごすのではないでしょうか。わが家はそうです。長く時間を共にしていると、ほんの些細なことが大変な重荷となります。これは体験してみないと分からない。丸一日24時間、子どもと二人きりで過ごしてみると少しは実感できるかもしれません。母親がこぼすちょっとした愚痴を、「それくらいのことで…」と思わず、ただひたすら共感して、わずかでも理解する努力をしたいものです。
母親と子どもを守ること
母親には父親にはわかならい思いがあります。実際にあるかないかに関わらず、世間や身内、友人など周囲の視線にストレスを感じているかもしれません。子ども本人については言わずもがな。一生、いわれのない偏見と闘わなくてはならないかもしれません。何よりも大切な家族を「静かに強く守っていける」。まだまだ先は長いですが、そんな父親になりたいと考えています。
もっともっと出来ることがきっとあると思います。hiroの成長に負けないように、オヤジとして少しずつでも成長していきたいです。